2015年2月7日土曜日

あずましくない時代

わが故郷近くで小学生が、近所の二十代の男に刺殺されたとのニュースが飛び込んできたが、一家に私怨あっての凶行のようである。
核や国際テロで死ぬ確率よりも近場が危ないのは熟考しなくとも、単純な確率論でわかる。

質の向上のスローガンにかかわらず現実の劣化、便利の追求がとんでもない不幸、落とし穴を提供するのが現代のパラドックスだろう。

今日もSNSの連動で投稿しようとしたら、何々の情報閲覧を許可せよと来る。
まだ許可求めるだけまし。
ひどいアプリに乗ると無体恐怖のハッキングに会ってIDを乗っ取られるという。

当地の方言に「あずましくない」という言葉がある。
もっぱら否定形で使い、のんびりしない、気持ちが安穏でないという謂である。
いまや国際情勢から隣近所まであずましくない。
まあ江戸時代だって刀を枕元に置いたし、ネアンデルタール人だって獣に襲われないかと念慮しつつ壁画も書いたのだろう。
都会の魚は釣れにくいという。

せいぜい、いまように鍛錬していきるほかない。