2015年2月28日土曜日

三寒四温

久しぶりの外回りで融雪で水温む道を悪戦苦闘して一回りして、天気予報を聞くとまた大荒れの予報。
三寒四温どころか、ジェットコースターのような循環だ。

陰と陽、静と動、別にチクロイドでなくとも人生は万事流転。
どちらも味わうにしくはなく、それぞれしのぐことができれば後で無駄はないとわかる。
季節は厳冬から春へだが、時代は不穏でせわしない。

課題とすれば、ナンピン。
ならして、裏を読み、表を見せ、最後は大和の国人ゆえ、そこにもののあわれを見いだしつつ散っていくというものか。
少子高齢化でこんな綺麗事を言ってられない現実は続いていくのだろうが。

2015年2月27日金曜日

消耗戦

歳をとると、歯目なんとやらで嫌でも加齢の効果を実感する。
それはある意味で幸せなことで、若いときからハンディがあれば、加齢とは違ったニュアンスで不自由を実感させられる。

生老病死を四苦八苦の四苦というように、生き物の宿命ではある。
生きて老いて衰えて死す。
そういう意味では、消耗戦、敗戦は既に結論としては出ている。

そこで、やはりさはさりながら、蟷螂の斧を手にしてみる。
敗軍の将、兵を語らずというが、老若男女貧富問わずこれは私戦である。
天下国家を大文字で声高にあげつらった強面が、妻に去られて自裁するなどということもある。

私戦ゆえ、どこまで続くぬかるみぞもない。
おわれば終わり。
少子高齢化が進み、空き家が増え、その税金も特例法ができて空地なみに高くかけられるようになった。
資産価値に乏しい負の遺産となれば、相続放棄も増えるだろう。

わがカウントダウンは、かくのごとき風景の素描ということになろうか。

2015年2月26日木曜日

さはさりながら

面倒な事務仕事完了。
大したことなさそうで結構疲れる。
渡世の義理、いや義務ゆえやるほかない。

まあ、何もやることなくて腐っているよりはいい。
どこまで続くぬかるみぞと歌うほどぬかるんでもいない。
面倒、うっとうしいなですむ程度のことはボケ防止に丁度よい。

大抵のことはこういうこと。
他人様もおおむねデューティはこういうことだろうし、ノリノリにやっているようなことも、あたしゃ他人様と違うもんとなれば、どうぞご自由に程度の風景となる。

ということで、そういうことならば、よくも悪くも自己満足でシコシコと続けていく、またいま往っちゃっても後悔なし程度のことを楽しんで、あるいは苦闘していくほかない。
だから、さはさりながらを大事にして、晴耕雨読を続けていくこととする。

2015年2月25日水曜日

聞く耳持たず

SNSなんぞで書き込みを見ていると、、、、。

リアルで知っていた像とはずいぶん違う、あるいは違わないがあそこまでああなのか、なんて発見が多い。

所詮他人様のこと、クレムリノロジストのようにああでもないこうでもないと詮索する気はないが、見かけとはずいぶん違うのは諺どおり。
まあ、初対面で遠慮してたのが、慣れれば崩れるなんて、いま風にいえばツンデレなんて表現もある。

マッチングを考えるには、継時的なウオッチングが大事。
わからぬところはわからぬに。
あわなければ路傍の傍観を貫くも大事。

2015年2月24日火曜日

ビジネスモデル

いろいろと考えてみるが、先が短い、タイトな関係性が軛の時代。
どう自由にいつ以上で終わりとなってもよいモデルを模索するとどうか?

なかなかいいアイデアもない。
もちろん、どんなに盛ったモデルでも時代に合わねば速やかに退場するし、一般的になくなって困るものなどそうない。
俺がいなきゃと妄想幻想しても、四十九日もたたぬうちに忘れられる。

この年末年始いろいろとシミュレーションしてみたが原点回帰。
やはりスタンダローンで気ままにやることに。

この時代、その追究かもしれない。

2015年2月23日月曜日

頭隠して

ファックス売り込みなんぞ見ると、いまの有象無象業者はデータ売買しているのだろうとよくわかる。
blogにこれを書けば、ファックスにあれ。
メールなんかも同じ。
売り込みメールに似た動きがある。
Amazonだなんだが閲覧や購買傾向を見て次を宣伝というのは、自社データということでよくわかるが、いまの時代、内外なしの覚悟は要る。

まあ、自分は頭も尻もclosedと思っている場合でも、色に出にけりなんとやらで、他人様の察し、プロファイリングは岡目八目で鋭い。
もちろん、他人様も各位それぞれのご本人モードがあるので、ご本人に都合の悪い真実は見ぬふり、見落としはあるので、鋭いばかりでもない。

まあ、天知る地知るなんでも知るで、なんでもバレバレをデフォルトに考えておくのがいい。
もちろん、インテリジェンスの問題があるからには、まずい結果を強く危惧するときには、クールに「隠された手紙」の如くリスクマネジメントしなければならない。

テーマは違うが、頭も尻も隠せない自分自身が、困ったちゃんの自分をどうあしらうか、接遇するか。
ここも大きいが、これも至難のわざではある。

2015年2月22日日曜日

コラージュ

右左上下老若男女、できるだけ偏見なく見聞きしようとは思っているが。
知ってみると、当然こちらの評価は出てくる。
いいじゃないかと同時に、噴飯モノも岡目八目で出てくる。
もちろんこちらの勝手なスクリーニングだから、向こう様がそれを知れば、当然なにバカなこといってんのよということになる。

このところ仕事でもプライベートでも、マッチングを中心に考えるようになってきた。
人々の価値観が自由に伸び伸びと多様化?というと画一化も強いが、ロングテイル、内ゲバなどという視点からは、百人百様っぽくなってきている。
そこで高度成長のころのような重厚長大画一的なアプローチを志向すると必ず隘路にぶつかる、少なからず後に揉める。
先日のリクエストにも応需困難とご説明した。

いまなお過去のパラダイムで動いており、未曾有の時代、状況だから、当面すべからく空振り、「ブラック」気味で推移するのだろう。
ビッグデータで「ありていのところ」がわかってもロングテイル、微細に手当てできなければ多数に大雑把に吹聴するパターンは変わらないということになる。

細々は従来のパラダイムでいけば手間ばかりかかる不採算ということになる。
リタイア環境、IT利用等々をうまく組み込めば、ハイコストでなく、適宜のトリアージ、適切な摩擦係数で運べるようには思う。
これから自分の実践で確かめると言うものか。